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「当たり前のこと」にあらためて気がつく時、体がふっと軽くなることがある。昔のおきまりのルーチンワークだとか、直観的にかきなぐっていたメモの余白だったりを振り返ってみると、感じることのできたこと、分かっていたことを、時間とともに置き去りにしていたのだなどと思う。それを恥ずかしげもなく追いかけていくことのできる若さを、決して無駄ではないと信じたい。そこで得られたいくつかのささいな気づきは、まだしまい込まれたまま証明を待っている。はじまりはエモーションだ。私たちは、デカルトに帰る時にだってそれを忘れることはない。
さて、20年くらい前はたいていの大きい本屋ならば見つけることのできたこの本である。シェーラーとハイデガーをはじめとする古今東西の思想家の人間観が、運動会の全員参加型リレーの如く登場してくる。人間とは何かに対する直球的解答の一覧、それだけでも読み応えがある。もちろん、現代の人間科学から見ればそれは堂々巡りの使い道のない風景のようなものなのかもしれない。しかし私は思う。こんなものへこそ大きなおまけが付いてくるものなのだと。真摯なもののとっかかりを決して涙の谷に流さない人間の形而上学。機会があればぜひ一読を薦めたい本なのである。
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